先生、「普通学級」の「普通」ってなんですか?(ハルくんママ)

特別支援の情緒学級に通う、小学校高学年の息子の話です。自分の障害の特性を知ることに努め、また日々の悩みも多くなりました。人が自分と区別するとき、どう思われているかも気になるようです。

たとえば、学校で「一般」の学級と「情緒」学級を区別して話すとき、先生のだれもが「普通」学級と呼んでいたようです。

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「普通学級」の「普通」ってなんですか?

「友だちと自分は何が違う?」

息子は自分の障害について気になりはじめた様でした。友だちと自分は何が違うのか?

一般学級にも暴れん坊がいます。意味なく殴ったり傷つく言葉を投げかけてくる子もいるそうです。自分も無性に相手にそう言いたい時がある。兄弟が憎いわけでもないのに、つい黙ってられなくなる。殴りたくなる気持ちがわかるときがある。

イライラする。その子と自分はどう違うのか、とても気になるときがあるんだ、と言ってきました。

私「何が違うんだろうね。気が付いてるのかな?その子。」
息子「わからない。あいつとは仲良しじゃないから」
私「あなたはイライラするときどうするの?」
息子「殴りそうになるから、逃げる。避ける。あきらめるかな。」
私「ヤバイ!って思う瞬間がわかるんだね。」
息子「うん。だからけんかになって先生に怒られるのが嫌だから逃げるんだ。」
私「気が付いてるんだ?そうやって考えたり、振り返るとどんな気分?」
息子「ちょっと楽になる。」
私「おー、そうなんだ。おかあさんもほっとするよ。」

こうして翌日、息子は担任の先生にも話してみることにしていました。

「俺たち普通だよね?」

息子「普通ってどういう意味?」
担任「普通ってなんだろう、普通学級があるってことは、普通じゃないところもあるってことだよね。」
友達「じゃあ、なんて呼べばいい?」

友達「一般学級はどう?」
友達「僕たちは特別支援学級だから、一般でいいか。」

それから、「一般学級」と呼ぶことで定着。のちに学校中の先生がそう呼んでくれるようになりました。

疑問は親が伝えるのではなく自分で伝えてみる

少数の自分たちのことを伝えるときは、とても勇気がいります。

わたしは子どもの話が悩みめいた内容だとわかるとほかの兄弟とは少し別の空間に移動しています。

たとえば、
「ドライブに誘う。」
「夕食作りに誘う。」
「一緒におやつを食べながら」など。

いつもとはちょっと違う雰囲気を作って、話しやすい環境に心がけています。

高学年になってくると、小さい時のように親が手出ししてはいけない領域があるんじゃないかと意識し始めました。
いくら子どもが疑問に思っていても、それを親が人に伝えるのではなく、子どもに言わせてみる時間もあるべきなのではないかと。

息子には同じ悩みを持つクラスメートがいました。彼らの同調は心強く、たとえ対学校であってもおかしいことはおかしいと伝え、続けることで、気が付く人が必ずいる。親子がともに、彼らの特性に目を向けてくれる人がいるのを信じ続けられるのは、家や学校の大人たちが自分の支えでいてくれると信じているからこそだと、思っています。

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