仕事が上手くいかず、大人になって発達障害と診断される。(ふゆき)

私は30歳で『広汎性発達障害』と診断されました。しかし、それよりずっと昔、まだ2歳前から兆候はあったんです。

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幼少期から大人になって発達障害と診断されるまで

ただの躾のなっていない子?だった幼少期

当時は団地住まいで、1歳9ヶ月の私は、母と2人で近所のスーパーで買い物をしていたのですが、いつの間にか母の手を離れ、1人で勝手に団地へ帰り、自分の家の玄関ドア前で大声を上げて泣いていたそうです。その後4歳頃まで懲りずによく迷子になっていたのを覚えています。

他にも色が嫌い、という理由でワンピースを着るのを頑なに拒否したり、特定の人が苦手でその人にだけ人見知りをする、同年代の子供にその子が傷つくようなあだ名を付け、大声で呼んでいたので、それが団地内で問題になり、はたから見れば『ただ躾のなっていない子』だったはず。

苦手と得意が両極端で苦しんだ学校時代

いつも自分の本能に従おうとし、自分をコントロールする事ができず、長年苦しみました。

小学校に入ると、孤立する事は無かったですが、算数がとても苦手で、未だに数字を見るのも嫌なくらいです。反対に国語や社会は好きでテスト勉強しなくても成績が落ちる事はありませんでした。

学校の成績の両極端も、発達障害の人に多いようです。パソコン関係が得意な人も多い。しかし私は機械音痴な方で、専門学校で使っていたソフト『イラストレーター』を使いこなせず、卒業制作は特大の油絵を描いて提出しました。…それじゃグラフィックデザイン学んだ意味ないのですが。

就職し同僚にも恵まれるが経営不振で解雇

それでデザイナーは諦め、そのまま卒業前からバイトしていた会社に残りました。
同僚達にも恵まれ、働き易かったですが、会社の経営不振で私のいた部署は解散、部署全員が解雇されました。

再就職から疲れ果てて退職まで

その時の元同僚の紹介で、私は小売業の会社にすぐ就職できました。しかし私は外線電話を内線と間違えるというミスをはじめ、電話相手の、会社名を上手く聞き取れない、売り上げデータ入力が遅い上、間違える。お局様的な人から延々と説教され、泣きたくなる事もしばしばでした。

社内業務ですらそんな風なのに、繁忙期は近隣の店舗に回り、レジと包装の応援や、100人以上いる前での朝礼の司会など、入って早々、緊張するようなことばかり。やがて不眠症になり、心身共に疲れ、退職しました。

この頃『やはり自分はどこかおかしい』と確信しはじめていました。

発達障害と診断を受けてから今、そして思うこと

その後病院に通院し、発達障害と診断もされましたが、とにかく薬で治そうとする医師と合わず、通院はやめてしまいました。

発達障害のお子さんを持つ親御さんの話で『子供らしくない趣味にはまっている』、『マニアックな物に興味がある』等、時々聞く事があります。

好きな事には没頭できる、嫌いな事は頭に入りづらい特性がありますし、私のように職業選択で好きな事・得意な事を後回しにすると後々大変な迷走人生を送る事になりかねません。就職前のお子さんは特に、もし好きな事が明確な場合、その好きな事をどんどん極め、その世界の専門家になる。くらいの勢いで突き進んで欲しいと、思っています。

ふゆき

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