「生きにくさ」を「生きやすさ」に替えるために~「聞き書き」作業が生む信頼と対処を積み重ねて~(さくらもち)

「そうた」は友達と遊ぶのが大好きで、だれとでも仲良くなれるタイプでした。しかし一定の幼稚園や家でのルールが守れず、自分に有利なルールに変えて行動することも多く、よく叱っていました。

また幼稚園や小学校でのトラブルから孤立しやすく、学校でも弟のクラスへ遊びにいって気分を晴らす場面もよくありました。

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「そうた」の障害について

気になり始めたのは2~3歳ぐらいです。小学二年生の時、弟が発達障害であることがわかったのをきっかけに臨床心理士に相談し、検査を受け「高機能自閉症とアスペルガーの境目にある」と診断されました。7歳の時です。臨床心理士から精神科医の紹介を受けて診断されました。

いいこだとよくほめられる

生後8ヶ月くらいから、目でものを言うようにYES NOの意思表示ができるようになりました。言葉が出始めたのは2歳6ヶ月ごろと遅い印象でしたが、周りの空気を察知して当時から気遣いのできる「いいこ」だとよくほめられる子どもでした。

しかし、うちでのルールやゲーム、遊びの決まりごとなど、必要な注意点が自分に不利に働くと思える場合につい自分ルールにすりかえてしまい、友達とのけんかが絶えませんでした。

幼稚園の先生や学校の先生とそりが合う場合は、「そうた」自身で制止も利きました。しかし、自分に理解がないと判断している先生に対しては、諦めが助長しクラスでの衝突も絶えず、それまで信頼していた先生が転勤してしまったことも手伝って相談する当てもなく、時には骨折するほど蹴りを入れられたこともありました。

学校は嫌いだけど、寄り道が好きだから学校に行きたい

学校で担任が変わるたびに病院で受けたWISC診断の結果を渡して、「そうた」の長所短所を明確に伝えトラブルのあるたびに、学校の連絡ノートや電話で積極的に連絡を取り合うように努めました。しかし特に、骨を折った事件を境に、学校では友達とも先生とも自分から心を通わせようとはしませんでした。

ただ、それでも学校は遅刻せず欠かさず登校していました。「そうた」の学校へ行く目的は別にありました。学校へ着くまでと、学校を出てから家までのみちくさです。

小学校入学から4年生まで、父の転勤で地方に住んでいました。そこは、一面田んぼと農場が連なり、山に囲まれた自然あふれる村でした。以前住んでいたコンクリートジャングルでの生活は、喘息や中耳炎で風邪を引くことがたえなかった「そうた」。学校までの道のりには、これまで体験できなかった遊びを「そうた」なりにつぎつぎと生み出して遊んで過ごす楽しみがあふれていました。

いつも一緒に遊ぶ相手は弟が中心。野に咲く花をちぎっては飛ばしてみたり、かえるやトンボ、ばった、せみを追い掛け回すのはしょっちゅう。農場のやぎが気になり、農場のおじさんによもぎやはくさいのあまりを与えるための、「えさ当番」に指名されたこともありました。

かわいがっているうちに、どうしてもそのヤギの背中に乗ってみたくてまたがって走り回って学校に通報される。養鶏場の鶏にえさをやるかわりに生竹がほしいとせがんでもちかえり、剣道の真似事を弟相手にやってみたり、その棒を持って方々練り歩いたり。途中で疲れて休憩だといっては集会所で仮眠を取って7時ごろまで帰ってこず。

親は警察呼んで必死に探しているというのに、なんてことはしょっちゅうでした。

思いつくことが突飛すぎて、母親の私には理解できないことも多かったけど、自分も子どもで「そうた」と友達だったら、どんなにたのしいだろうかとうらやましく思えることも多かったです。

特別支援学級には真の仲間がいた!

5年生の時に、父の転勤で再びコンクリートジャングルにもどり、これを機に地域の自閉症のこどもたちの特別支援学級に編入しました。このクラスは8人全員が「そうた」と同じ学年。自分と同じような悩みを抱えている友達の存在を知りました。そして、初めて心を許しあえる同級生が8人もでき、とても嬉しくいまでも大切に思えるようです。
特別支援学級に在籍してるとはいえ、中学に進学すると、担任制から教科担任制にかわり、普通クラスの子達と一緒に勉強するための慣らしとして、特定の教科の時には普通クラスで勉強することもありました。
 なかなかクラスに馴染めず、心無い言葉を行く度に浴びせかけられては傷ついて帰ってくることもありました。ただ、これまでと違うのは、傷つき言葉を言われても「かばってくれる友達」、「慰めてくれる友達」の存在があることでした。クラスに帰れば癒される。でも、本当に反省しなくてもいいのか?とか、そのとき起こったことを聞いてくれる支援学級の担任の支えがあって、トラブルの振り返りに前向きになれることでした。

 

「聞き書きを始める

小学校の卒業を控え、自らの障害に対処できるような力をもっている、とはいえません。多少勉強は理解できます。友達同士のけんかもあります。おもったことはすかさず口に出してしまったり、喧嘩っ早く手や足が出て叱られることもあります。そんなとき、これまでの行動が本当にあっているか、互いの気持ちを大切にした行動が取れていたのかを検証するために、「聞き書き」作業をすることにしています。

「聞き書き」作業とは

担当の臨床心理士さんから教わった方法で、トラブルがあった時、「そうた」の言うことをひたすら書きつづりまとめることです。「そうた」は自分の行動のよしあしを説明したり、ひとから聞き入れることが苦手です。

しかし「聞き書き」作業で共に文字を目で追いながらトラブルの原因が突き止められ、聞いても忘れることなく「そうた」のいったことを「そうた」自身が読んで確認できます。そして書き手とともに、対処を考え解く連帯感と信頼につながっていく、とのことでした。

自分の気持ちを書き留めるのがすきな「そうた」は、この「聞き書き』作業に信頼を寄せるようになりました。それまであったことを根掘り葉掘り聞いていくので、とても時間がかかります。一時間以上費やすのはざらです。でも、聞いていくうちに、「そうた」自身の意見がまとまりを見せ、このトラブルでの目的や「そうた」自身が伝えたかった思いを明確にできるのが安心や信頼につながることを体感しているようです。

人と話すのが好き。お母さんと話すのが大好き。

この「そうた」に限らず、子育てに悩む時はいつもかかりつけの小児科を取っ掛かりとして、方々の病院や心理士の先生と出会い、「そうた」自身や親ともども相性の会う先生がいると信じて探し続けました。

診断を受けてからもさらに5年以上がたっているんです。サポートを受けたいと思える人に出会うまで、ずっと探し続けるこだわりが、「聞き書き」という対処法を得ました。たまたま見つかった先生なのではなくて、やっと出会えた先生です。

親から見れば、「生き方のへたくそな男の子」でしかありません。その大切な「そうた」が、だれより私と話すのが大好きで、「聞き書き」で好きなだけ私と話し、一緒に結論が出せる。これまで人の注意をなかなか聞き入れられず、ときには自らを危険にさらすような出来事が起こっても、そのたびに苦しんでいたのはほかならぬ「そうた」自身であると知りました。

この作業が、やがて「そうた」自身で心の整理時に行動でき、今感じている「生きにくさ」を「生きやすさ」に変えていく術になればとおもっています。

さくらもち

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